「……それを、やめろ」 思っていたより掠れた声が出た。 リュゼリアがほんの少しだけ目を細める。「何を?」「礼を言って回ることも、今まで通りの顔をすることも、全部だ」「旦那様」「皆がおかしくなっている」 自分でも驚くほど率直だった。アイダが目を伏せたまま微動だにしないのを見て、図星なのだとわかる。「お前が普通にしているほど、屋敷中が怯えている」 リュゼリアはすぐには答えなかった。窓から入る光が、彼女の蜂蜜色の髪へ淡く差している。その静かな横顔は、やはり美しかった。美しいだけに、ひどく痛々しい。「そう」 やがて彼女は小さく言った。「気づいていたわ」「だったらなぜ」「どうすればよかったの?」 穏やかなままの声で返され、ヴィルレオは言葉を失う。 どうすればよかったのか。 泣けばよかったのか。取り乱せばよかったのか。半年前から壊れていくふりをして、周囲へすがればよかったのか。そんなことを、彼は彼女へ言えるだろうか。「わたくしが泣けば、皆は安心する?」 リュゼリアが静かに続ける。「それとも、わたくしがずっと寝台の上で怯えていたら、屋敷の空気は穏やかになるの?」「そういう話ではない」「では、どういう話なの」 その問いに、ヴィルレオは答えられなかった。 結局、自分は彼女に何を求めているのか。静かでいてほしいのに、静かすぎると腹が立つ。無理はするなと言うくせに、彼女が何もせずにいたら、その静かな諦めに今度は耐えられない。離縁の願いは受けないと決めているのに、ではその先、彼女へどんな顔をしていればよいのか、自分でもわかっていない。「……部屋へ戻れ」 結局出てきたのは、それだった。 リュゼリアはそれを聞いて、ほんの少しだけ寂しそうに笑った。「ええ。戻るわ」 その笑みが、先ほどまでよりさらにヴィルレオを苛立たせた。諦めたような、わかったような、もうこれ以上何も求めていないような顔。そういう顔をしてほしくないのに、そうさせてきたのは自分だという事実が、また胸の内で鈍く疼く。「旦那様」 リュゼリアが歩き出す前に、ふと彼を見た。「皆がおかしくなっているのは、わたくしのせいではなく、あなたが何も仰らないからかもしれませんわ」 その一言を残し、彼女はアイダに支えられながらゆっくりと廊下を進んでいった。 ヴィルレオはその背を見送るし
Last Updated : 2026-07-15 Read more