Home / 恋愛 / 再婚先は偏執大物 / Chapter 311 - Chapter 320

All Chapters of 再婚先は偏執大物: Chapter 311 - Chapter 320

338 Chapters

第311話

「うん。私に任せて」真帆は落ち着いた声で答えた。「和幸、私を信じて。十分だけ時間をちょうだい」「十分……」和幸は小さく呟いた。「十分か……分かった。十分だけだ。真帆……頼む」真帆は静かに頷いた。和幸が部屋を出て行くのを見届けると、真帆は大和をそっと起こした。「大丈夫?」大和は口元の血を手の甲で拭い、真帆に支えられながらソファへ腰を下ろした。「説得しても無駄だ。あの契約は……俺は受け入れない」その口調には、若さゆえの頑なさと意地が滲んでいた。真帆も隣へ腰を下ろした。「私はあなたを説得したいわけじゃないの。ただ、今の状況で何が得で何が損なのか、冷静に考えてほしいだけ。契約書は私も読んだわ。ニールグループ名義で締結されていて、違約金は莫大な額。もし契約違反になれば、長谷部家は再起できないほどの借金を抱えることになるかもしれない」大和は無表情のまま答えた。「それが?俺に何の関係がある?」「どうして関係ないの?」真帆は静かに問い返した。「認めたくなくても、あなたは長谷部社長の息子よ。お父様はあなたを認知している。お母様が亡くなった時、あなたはまだ十六歳で、お父様が唯一の保護者だった。戸籍も長谷部家にあるでしょう?もし長谷部家が倒れれば、借金は家族全員に及ぶ。銀行への返済が滞れば影響はもっと大きくなる。一時の感情で自分の人生まで壊さないで」母の話を持ち出され、大和は静かに拳を握り締めた。「俺のことを知ったような口を利くな」大和は冷たく笑った。「前にも言ったはずだ。あんたは救世主じゃない。余計な世話は焼くな。俺に降りかかる借金くらい、自分で何とかできる」その頑なな性格は、まさに長谷部家の血を引いている証だった。そんな大和の態度に、真帆は困ったように笑った。「ええ、そのとおり。あなたなら返せるでしょう。若くして名を成した『冬橋大和』なんだから。絵を数点売れば済む話かもしれないわね。でも忘れないで。ニールグループが倒産したら、本当にあなただけ無傷でいられると思う?あなたが築いてきた名声はどうなるの?一度契約を反故にした画家を、今までと同じように評価してもらえると思う?」そう言って真帆は立ち上がった。「よく考えて」「待って」立ち去ろうとする真帆を、大和は思わず呼び止めた。目には戸惑いが浮かん
Read more

第312話

ニールグループを出た真帆は、路肩でタクシーを拾おうとしていた。その時、ポケットの中でスマホが震えた。取り出して画面を見ると、表示されていたのは知らない番号だった。真帆は電話に出て、「もしもし」と礼儀正しく言った。「真帆さん、こんにちは」受話器の向こうから、女性の声が聞こえてきた。「少しお時間をいただけませんか。お話ししたいことがあります」真帆は首をかしげた。「失礼ですが、どちら様でしょうか?」「葉月風香と申します」その名前を聞いた瞬間、真帆の瞳がわずかに揺れた。しばらく黙ったあと、小さく頷いた。「……分かりました」電話を切ると、真帆は空を見上げた。いつか訪れると思っていた時が、ついに来た。サウスカフェ。約束より十五分ほど早く到着した真帆は、窓際の席に腰を下ろした。しばらく待っていると、一台の高級車が店の前へ静かに滑り込んできた。その車を見た瞬間、真帆は思わず眉をひそめた。この車には見覚えがあった。一雄が以前、自宅に迎えに来た時に乗っていた車だった。こんな偶然があるだろうか。まさか、一雄もここへ来るの……?反射的に立ち上がって身を隠そうとしたが、車から降りてきた人物を見て、真帆は足を止めた。現れたのは風香だった。上品なスーツにハイヒールを合わせた、いかにも仕事場から来たという装い。車のキーをベルボーイへ渡し、微笑みながら軽く頷いてから回転ドアをくぐってくる。堂々としたその姿は、まるで女王のような風格だった。真帆はまさか、一雄がこの車を風香に送ったとは思わなかった。わざわざこの車で現れたのも、自分への見せつけなのだろうか。そう考えると、苦笑が漏れた。真帆は静かに席へ座り直した。しばらくして風香が姿を現した。彼女は真帆へ手を差し出した。「真帆さん、初めまして」真帆も立ち上がり、その手を軽く握った。「風香さん、どうぞお掛けください」短く握手を交わし、二人は向かい合って腰を下ろした。「今日は、どのようなご用件でしょうか」真帆は前置きなどせず、単刀直入に切り出した。警戒心をあらわにする真帆の態度に、風香はくすりと笑い、店内を見回しながら口を開いた。「真帆さんは、本当に率直な方ですね。でも、ここは公共の場所ですよ。そんなに身構えなくても、私はあなたに危害を加えるつもりなんてありませ
Read more

第313話

だが、真帆がそんな小手先の駆け引きに動じることはなかった。風香が口を開かなければ、真帆も何も言わない。今日ここへ来たのは自分の判断だが、呼び出したのは風香のほうなのだから。やがて店員がコーヒーを運んできた。風香は礼を言うと、一口だけ口をつけ、ゆっくりと視線を上げた。「少し前に交通事故に遭われたと伺いましたが……お体はもう回復されましたか?」一見すると、何の脈絡もない問いに思えた。真帆は少し黙ってから頷いた。「お気遣いありがとうございます。もう大丈夫です」「そうですか。お元気そうで安心しました」風香は意味ありげに微笑んだ。「それで帰国されたんですね。ずっと海外にいらっしゃるのかと思っていました」「どういう意味ですか?」「大したことではないんです。ただ、真帆さんは半年以上海外にいらっしゃいましたから、一言だけお伝えしておこうと思いまして」風香は穏やかな口調のまま続けた。「今、この国は目まぐるしい勢いで変わっています。真帆さんも、その変化に順応していかなければなりません。いつまでも過去に囚われ、昔の価値観のままで物事を見ていては、時代に取り残されてしまいますから」そう言って、髪をかき上げた。左手の薬指には、大粒のダイヤの指輪が、陽の光を受けてまばゆいばかりに輝いていた。その光が真帆の目に差し込み、思わず手で覆った。風香はわざとらしく気づいたふりをして手を下ろした。「真帆さん、ごめんなさい。日差しが強いですものね……目は大丈夫でしたか?」光そのものは人を傷つけない。けれど、言葉は違う。風香の回りくどい物言いに、真帆は眉を寄せた。「遠回しな言い方はやめてもらえますか」風香は静かに笑った。「あら、お互い様ですね」ソファにもたれ、口元には笑みを浮かべている。しかし、その目は冷たかった。「一雄さんと私は、今年中に結婚することになっています。ですから、ご自分の立場をわきまえて、これ以上みっともない真似をしないほうがいいと思います」その言葉に、真帆は静かに眉をひそめた。「風香さん。あなたに何かした覚えはありません。責めるにしても、少し早すぎるんじゃないですか?」「誤解なさらないでください。責めるためにお呼びしたわけではありません」風香は小さく笑った。「たった半年でも、人も状況も変わるものです。それに、もし真帆さ
Read more

第314話

だが、目の前にいる風香を見つめているうちに、真帆はなぜか一瞬だけ憐れみを覚えた。一雄……もう真帆にとっては、それほど執着する存在ではない。それなのに風香は、自信満々に婚約指輪を見せつけている。彼女はいったい何を証明したいのだろう。もし本当に一雄と結婚できるという揺るぎない自信があるのなら、わざわざ自分を呼び出してこんな話をする必要などないはずだ。弁護士として長年働いてきた真帆には、長年弁護士をしてきた真帆には、一つだけ確信していることがあった。本当に自信のある人ほど、それをわざわざ言葉にしたりはしない。だから真帆は風香の思惑に気づいても、それを指摘しようとはしなかった。その必要がなかったからだ。一度死を経験した真帆は、恋愛に対して以前ほど執着しなくなっていた。自分から弁解することもなく、風香が期待しているような傷ついた表情を見せることもしなかった。真帆は静かに頷き、一言だけ口にした。「風香さん。私に、そのようなつもりはありません」真帆がそんな冷静な返事をするとは思っていなかったのだろう。風香の表情が、一瞬だけ固まった。だが、すぐにいつもの余裕のある表情へ戻した。「それなら安心しました。真帆さんは約束を守る方だと、私も信じることにします」そう言うとバッグを手に立ち上がり、彼女はそのまま店を後にした。遠ざかるハイヒールの音を聞きながら、真帆は小さく首を振った。コーヒーを一口飲むと、風香の言葉が、何度も頭の中で反芻された。「あなたを責める方はいくらでもいらっしゃいます」あれは、どういう意味だったのだろう。風香以外にも、自分に敵意を向けている者がいるのか。その時、真帆の脳裏に浩一郎の姿が浮かんで、思わず身震いした。まさか、風香が言っていたのは浩一郎……?手が震え、胸の奥から恐怖が込み上げた。浩一郎は高齢とはいえ、そのやり方は今なお冷酷で容赦がない。真帆自身も、これまで何度もその手に苦しめられてきた。風香でさえ自分の帰国を知っている。浩一郎なら、とっくに知っていてもおかしくない。あの人なら……ポケットの中でスマホが震え、その振動で真帆は我に返った。画面を見て耳に当てると、こちらが口を開くより早く、和幸の怒鳴り声が飛んできた。「やっと出た!また何かあったのかと思って心配したぞ!仕事終わったら
Read more

第315話

和幸はカフェまで真帆を迎えに行くと、彼女がリクエストしたしゃぶしゃぶの店へ向かった。しばらくすると、湯気が立った二色鍋が二人の間に置かれた。真帆は昆布だしと激辛のキムチ味を指定した。怪我のせいでずっと刺激物を控えていたため、辛いものはもう何か月も口にしていない。体もほとんど回復した今だからこそ、久しぶりに思いきり辛いものが食べたかった。牛肉をさっとくぐらせ、真っ赤なラー油をまとった牛肉をごまだれに軽くくぐらせ、ごまだれに軽くくぐらせて口へ運ぶ。口いっぱいに牛肉の旨みが広がり、思わず頬が緩んだ。「おいしい……」真帆は思わず頬を緩めた。その様子を見た和幸は、呆れたような顔をした。「真帆、そんなに食べたかったのか?」「っ……!」辛さで顔を真っ赤にしながら、真帆は息を吸い、水を一口飲んだ。「もちろんよ」そう言って、また肉を何枚か鍋へ入れた。「この半年以上、味気ないものばっかり食べてたんだから」真帆がまた辛い鍋へ箸を伸ばした瞬間、和幸は自分の箸で軽くその箸を叩いた。「もうその辺にしとけ。味見程度ならいいけど、本当に体のこと何も考えてないだろ」真帆は唇を尖らせ、いかにも不満そうな顔で和幸を見上げた。「あと一口だけ……」「ダメ」和幸は即答した。「交渉の余地なし」そう言うと、昆布だしの鍋から具を取り分け、真帆の皿へ入れた。「こっちを食べろ」真帆は眉をひそめた。澄んだスープを見つめても、食欲はまるで湧かなかった。「そうだ」和幸は野菜を真帆の皿へ入れながら尋ねた。「今日、どうして急にカフェなんか行ったんだ?」そして真帆をじっと見つめて言った。「ごまかすなよ」午後のお茶をしていた、という話など信じていないのは明らかだった。和幸はそう簡単に騙される相手ではない。真帆も隠し続けるつもりはなく、素直に答えた。「風香さんに呼ばれたの」「風香?」和幸は二秒ほど固まった。「あいつが?何て言われた?」真帆は肩をすくめ、水を一口飲んだ。「何て言われたって、そんなの想像つくでしょ」「一雄のことか?」和幸はすぐに察した。「一雄のことで呼び出されたのか?」真帆は何も答えなかった。だが、その沈黙だけで十分だった。和幸は一気に険しい顔をした。「嫌な思いはしなかったか?」今回、真帆が帰国した理由は自分を助
Read more

第316話

西園寺グループ。直哉は一雄の指示で真帆の動向をずっと追っていた。彼女の帰国を知ると、すぐに一雄に報告しようとした。だが、あいにく取引先の対応に追われ、報告が遅れた。仕事を終えると、直哉は風香が先に真帆に会いに行っていたことを知り、焦った。これ以上は遅らせられない。直哉は慌てて社長室へ駆け込んだ、事情を一部始終、一雄へ報告した。「……何だって?」話を聞き終えた一雄は勢いよく立ち上がった。「彼女が真帆に会った?どうしてもっと早く報告しなかった!」直哉の額にはびっしりと冷や汗が浮かんでいた。「申し訳ありません。午後、取引先との対応で手が離せなくて……」「役立たずが!」一雄は低く怒鳴ると、迷うことなくスマホを取り出した。その瞬間、これまで抱えていた迷いや遠慮はすべて消え去っていた。一雄は長い間かけることのできなかった番号へ、ためらうことなく電話をかけた。一分ほど呼び出し音が鳴り続けたあと、機械的な女性の声が流れた。「おかけになった電話は現在応答がありません」一雄は諦めず、続けて二度かけ直した。だが結果は同じだった。直哉は机の前で自責の念に駆られながらも、おそるおそる口を開いた。「一雄さん、ご心配なさらなくても……もしかしたら……」「もしかしたら何だ?」一雄は険しい表情で顔を上げた。「彼女が気まぐれで会いに行っただけだとでも?」そして皮肉げに笑った。「彼女がどんな人間か、分かってるだろ?」直哉は黙り込んだ。もちろん知っている。風香は浩一郎が将来の嫁として認めている女性であり、浩一郎と同じ側の人間だ。しばらく沈黙したあと、直哉は慎重に尋ねた。「では、これからどうされますか」「探せ!」一雄は鋭く遮ると、コートを掴んで部屋を飛び出した。「真帆が今どこにいるのか、すぐ調べろ!」「承知しました!」直哉も一瞬たりとも遅れまいと、一雄のあとを追った。ほどなくして真帆の居場所が判明し、二人は急いで地下駐車場へ向かった。時間が過ぎるほど、一雄の胸の不安は募るばかりだった。どうか、自分が恐れているようなことだけは起きませんように。西園寺グループの地下駐車場を飛び出した車は、猛スピードで街を駆け抜けた。その走り方だけでも、焦りは十分に伝わってきた。ハンドルを握る直哉の手も、緊張でわずかに震えていた。
Read more

第317話

和幸は何が何だか分からず、呆然としていた。街灯の明かりで一雄の顔をよく見ると、右頬がうっすらと赤く腫れているのが確認できた。「……一雄?」和幸は途端に気まずくなった。突然真帆を抱き締めたものだから、どこかの不審者が真帆に抱きついたのかと思ってしまったのだ。「何でお前がここにいるんだ?」一雄は答えず、真帆をじっと見つめて低く問いかけた。「どうして電話に出なかった?」会社から電話をかけ、繋がらなかったあの瞬間から今まで、まだ十分あまりしか経っていない。それなのに、一雄の心臓は胸を突き破るほど激しく脈打っていた。真帆は戸惑ったように目を瞬かせた。「え……?」「どうして電話に出なかったって聞いてるんだ!」一雄は真帆の肩を強く掴んだ。「俺がどれだけ……」一雄はさらに声を震わせた。彼は本当に不安だった。半年前の悲劇がまた繰り返すこと。浩一郎が真帆を再び連れ去ること。また自分の油断で真帆を傷つけること。そんな恐怖に駆られていた。「一雄、真帆を離せ!」和幸は一雄がここまで取り乱す姿を見たことがほとんどなかった。まして真帆を怒鳴るなど、見過ごせるはずもない。「俺と飯を食いに行っただけだろ?電話に出なかったくらいで何だって言うんだ。四六時中スマホを握って、お前からの電話を待ってなきゃいけないのか?」「黙れ!」一雄は怒りを必死に押し殺しながら和幸を睨みつけた。その眼差しは鋭かった。「真帆に何かあったら、お前に守れるのか?」和幸は意味が分からず眉をひそめた。だが次の瞬間、一雄の言葉の意味を悟り、静かに目を伏せた。それ以上、何も言えなかった。「行くぞ」和幸が黙ったのを確認すると、一雄は真帆の手を掴み、そのまま連れて行こうとした。「一雄、何するの?」真帆は手を振り払った。「あなたについて行く?あなたは私の何なの?」「君を守れる人間だ」その一言に、ホテルの周囲にいた人々の視線が一斉にこちらへ集まった。一雄は深く息を吸い込み、声を抑えながら言った。「和幸、お前から説明してくれ」和幸は鼻の頭を掻きながら苦笑した。「その……真帆。今回は、一雄の言うことを聞いたほうがいいかも」真帆がまだ納得していない様子なのを見て、慌てて付け加えた。「いや、別に一雄の味方をしてるわけじゃない。ただ……星ヶ
Read more

第318話

葉月家と西園寺家は、以前から仕事上の付き合いがあり、浩一郎と宏明の関係も良好だった。もっとも、葉月家はもともと星ヶ丘の名家ではあったものの、八年前に星浜へ拠点を移し、今回再び星ヶ丘へ戻ってきたばかりだ。そのため、西園寺家の後ろ盾を必要とする場面も少なくない。今回は宏明の六十歳の誕生日。葉月家が星ヶ丘へ戻って以来、初めて開く盛大な祝賀パーティーでもあり、会場は華やかな雰囲気に包まれていた。真帆を守るため、一雄は今回、彼女の帰国を公にしなかった。代わりに直哉へ指示し、聖奈を呼び寄せて表向きのパートナー役を務めてもらうことにした。限定版フィギュア一式を条件にしたところ、聖奈は喜んで引き受けてくれた。一雄の隣に立っていたのが風香ではなく聖奈だったことに、浩一郎はあからさまに不機嫌な表情を見せた。それでも今日の主役は葉月家だ。さすがにその場で怒りを露わにはしなかった。そして今回の誕生日パーティーには、俊一も姿を見せていた。その姿を見つけた一雄は、わずかに眉をひそめた。察しのいい直哉がすぐに近づき、声を潜めた。「一雄さん、どうやら俊一さんは葉月家の次女に夢中のようです」その報告に、一雄の眉間の皺をさらに深くした。葉月家の次女で風香の妹、葉月由良(はづき ゆら)のことか。一雄は直哉へ視線を向けた。「本当なのか?」「間違いありません。聞いた話では……もう何週間もアプローチを続けているそうです」「兄さんが?」一雄の目に嫌悪が浮かんだ。「あの子はまだ若いだろ」「今年で二十歳になったばかりです。一雄さん……さすがにこれは行き過ぎだと思いませんか?」やりすぎか。確かに、そのとおりだ。俊一は一雄より少し年上で、一度離婚も経験している。今年三十五歳。由良は二十歳になったばかりの大学生で、年の差は十歳以上ある。そんな相手に言い寄るのは、さすがに度が過ぎている。直哉は顔をしかめた。「一雄さん、この件は何か手を打ちますか?」一雄はしばらく考え、静かに首を振った。「まだ動くな。兄さんの決定的な証拠を押さえられなければ、逆にこちらが不利になる」少し考えたあと、続けた。「兄さんを見張れ。少しでも怪しい動きがあれば、すぐ報告してくれ」「承知しました」直哉は軽く頭を下げ、そのまま俊一の後を追って正面ホールを
Read more

第319話

「昔の偉い人だって恋愛してたんだから、一雄さんがそんなに忙しいわけないじゃない」由良は呆れたように白い目を向けた。「お姉ちゃん、あんな人のためにそこまでする価値はないと思う」風香は唇を軽く結ぶと、立ち上がって大きな窓の前まで歩いた。しばらく黙って外を見つめ、静かに口を開いた。「価値があるかどうかなんて、私自身が一番よく分かってる……」少しでも自分を見てもらいたくて、できることは何でもしてきた。顔立ちまで変え、一雄の好みに合わせようと努力し、多くのものを尽くしてきたのだ。由良は、風香の決意が揺るがないと悟ると、それ以上は何も言わなかった。「分かった。お姉ちゃんがそう決めたなら、それでいいよ」由良は腕時計を見て声を上げた。「もうすぐ八時だよ!お姉ちゃん、早く下に行こう。遅れたら、お父さんにまた怒られちゃう」「うん」そうして姉妹は連れ立って部屋を後にした。一方その頃。俊一は何気ない様子を装いながら、エレベーターホールで由良を待っていた。先ほど雅美へ挨拶をした際、由良がまだ二階にいると聞いていたからだ。しばらくして、エレベーターの扉が開き、風香と由良が姿を現した。俊一は赤ワインのグラスを片手に、笑顔で声をかけた。「由良ちゃん」呼ばれた由良は振り向き、営業スマイルを浮かべた。「どちら様ですか?」「覚えてない?」俊一はわざと寂しそうな顔をした。「俺、西園寺俊一。君の成人式の時に、最新モデルのジュエリーセットを贈っただろ?」由良は首をかしげて思い出そうとしたが、なかなか思い出せなかった。八年前に星浜へ移った時、彼女はまだ小学生だった。二年前の成人式も星浜で行われたが、その時たまたま浩一郎が俊一を連れて星浜の支社に来ていて、一度会ったきりだ。覚えているはずもなかった。その時、風香が由良の肩を軽く叩いた。「由良、先にお父さんとお母さんのところへ行くね」風香は俊一の下心などまったく気づいていなかった。階下にいる一雄の姿を見つけ、口実を作ってその場を離れたのだ。俊一は、風香が空気を読んでくれたのだと勘違いした。由良は心の中でため息をついた。ジュエリーをもらったくらいで、二年も相手を覚えている義理なんてない。そんなもの、家にはいくらでもある。「西園寺さん、私もお父さんたちのところへ行きますので、失礼します」
Read more

第320話

風香は気品ある足取りで一雄のもとへ歩み寄った。一雄の冷え切った瞳に触れた瞬間、胸の奥がわずかに震えたが、それでも風香は微笑みを崩さず、穏やかに声をかけた。「一雄さん、お久しぶりです」風香の目は、本当に真帆によく似ている。けれど、どこかが違う。一雄には、その違いが何なのか分からなかった。一雄は無意識に視線を逸らし、ワイングラスを軽く掲げた。「久しぶり」そう言って、赤ワインを一口含んだ。一雄の隣には聖奈が立っていた。いつものように愛らしく、彼女らしい可愛らしい装いだ。風香は、一雄が西園寺家の兄弟とはあまり親しくない一方で、聖奈だけは特別に可愛がっていることを知っていた。だからこそ、将来一雄と結婚するなら、西園寺家で味方を一人でも多くつくっておくべきだ。そう考えた風香は、柔らかな笑みを浮かべた。「聖奈ちゃん、今日は本当に可愛らしいですね。こんなお人形さんみたいな聖奈ちゃんに、将来どんな素敵な方がお似合いになるのかしら」その「聖奈ちゃん」という呼び方に、聖奈は思わず身震いした。聖奈は真帆が帰国したことも、風香が真帆に一人で会いに行ったことも知らない。ただ純粋に、風香の作り笑顔と計算高さが鼻についたのだ。聖奈も負けじと愛想笑いを浮かべた。「そうですか?ありがとうございます、風香さん。この服は一雄兄ちゃんが選んでくれたんです。一雄兄ちゃんは昔からセンスがいいんですよ」そう言いながら、風香をさりげなく一瞥し、わざと困ったように首を傾げた。「でも風香さん、そのドレス……全体の雰囲気が、あんまり風香さんには合ってないような……もちろん、ドレスが悪いって意味じゃないですよ?あくまで私個人の意見ですけど」その瞬間、風香の笑顔がぴたりと固まった。ドレスが悪いんじゃない。つまり、似合っていないのは本人。そんな嫌味くらい、風香にも分かる。しかし、今日は葉月家の主催するパーティーだ。ここで怒りをあらわにするわけにはいかず、風香は困ったように一雄を見上げた。「一雄さん……聖奈ちゃん、私のことがお嫌いなんでしょうか?」その瞳には涙が滲んでいた。その表情は真帆によく似ていた。その一瞬だけ、一雄は思わず目を奪われた。どうして……こんなにも真帆に似ているんだ?思わず風香をかばう言葉が口をついて出そうになった、その時……「ごめん
Read more
PREV
1
...
293031323334
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status