All Chapters of 元カレの宿敵の腕で幸せになります!: Chapter 141 - Chapter 150

240 Chapters

第141話

英樹は完全に高を括っていた。咲夜が制限時間内にこれだけの資金を用意できるはずがない――そう確信していたのだ。その視線には、あからさまな軽蔑が滲んでいる。一方で真奈美は気が気ではなかった。こんな大金、どう考えても無理だ。今すぐ手持ちの不動産をすべて売り払ったとしても、たった二時間で買い手を見つけることなど不可能に近い。仮に買い手が現れたとしても、契約手続きが間に合うはずもない。どうすればいいのだろう。真奈美の顔には隠しきれない焦りが浮かんでいた。英樹はその様子を横目で見て、ますます勝利を確信する。だが咲夜はまっすぐ彼を見据えた。「英樹さん。その言葉に責任は持っていただけますよね?」彼女が求めているのは曖昧な約束ではない。確実な返答だった。英樹は即座に答える。「もちろんだ。口にした以上、撤回するつもりはない」その返事を聞き、咲夜の唇に笑みが浮かんだ。「なら安心しました。ぜひ、その言葉を忘れないでください」そう言い残し、彼女は立ち上がる。そのまま二階に向かった。部屋に入ると一本の電話をかけ、続いて書斎からあらかじめ準備していた株式譲渡契約書を取り出した。リビングでは真奈美が依然として落ち着かない様子で座っている。何度も階段の方に視線を向けていたが、咲夜の姿を見つけるとすぐに立ち上がった。そして咲夜の手にある書類に目を落とす。「咲夜……」不安そうな声だった。咲夜はそんな母に安心させるような眼差しを向ける。再び英樹の向かいに腰を下ろした咲夜は静かに告げた。「四十分以内には終わります」そう言って、それ以上説明することなく視線を外す。英樹は内心で鼻を鳴らした。どうせ強がりだろう。そうとしか思えない。彼は今でも、咲夜にそんな金額を用意できるとは信じていなかった。咲夜は時間だけを告げると、スマホに視線を落とした。画面には千暁から送られてきた大量のウェディングドレスのデザイン案が並んでいる。彼女は画像を拡大しながら、一枚ずつ丁寧に確認していった。中には気に入ったものも何着かある。咲夜はその数枚を選び、千暁に送り返した。だが相手は仕事中なのか、すぐには返信が来ない。しばらく画像を眺めていた咲夜は、ふと思った。――千暁にも何かオーダーメイドで贈ろう
Read more

第142話

咲夜は瞳と他愛もないやり取りを続けていた。どこか気の抜けたようなやり取りだったが、その落ち着き払った様子は英樹と静香の目にも映っていた。静香は身を寄せ、英樹の耳元で小声で囁く。「ねえ、咲夜、全然焦ってるように見えないんだけど」彼女も最初は夫と同じ考えだった。咲夜にそんな大金を用意できるはずがない、と。だが今の態度を見る限り、とても追い詰められている人間には見えない。むしろ余裕すら感じられる。英樹は咲夜を一瞥すると、再び目を閉じた。「待っていれば分かる。ハッタリを続けたところで結果は変わらない」そう言われても、静香の不安は消えなかった。「でも、もし本当にお金を用意できたら?本当に花江グループの株を譲るつもりなの?」あの5%の株式は、花江グループが苦境に陥った隙を突いて手に入れたものだ。たった三年で手放すなど、どう考えても損にしか思えない。そもそも静香は以前から主張していた。今のうちに花江グループを丸ごと飲み込むべきだと。それこそが最大の利益になるのだから。だが森崎家内部には反対する者もいて、思うように話は進まなかった。そのことを思い出すだけで腹立たしい。静香の表情はますます険しくなった。英樹は声を潜める。「来るなら受けて立つだけだ。そんなに慌ててどうする」焦れば焦るほど、相手に隙を見せることになる。その言葉で静香もようやく口を閉ざし、黙ってその場の成り行きを見守ることにした。咲夜は「四十分以内には終わる」と言った。だが実際には、三十分も経たないうちに千雪が花江家にやって来た。しかも、大量の現金を携えて。千雪が次々とケースを開く。その中にぎっしりと詰め込まれた札束を目にした瞬間、英樹と静香は言葉を失った。二人とも、まさか咲夜が本当にこれだけの金を用意してくるとは思ってもいなかったのだ。咲夜はテーブルに伏せて置いていた書類を取り上げる。そして現金と一緒に英樹の前に差し出した。「どうぞ。署名してください」金は揃った。あとは森崎家が約束を守るかどうかだけだ。咲夜の口元には淡い笑みが浮かんでいる。真奈美もまた目の前の光景に呆然としていた。信じられないというように娘を見る。「咲夜……このお金、一体どこから……?」咲夜はあっさり答えた。「私が稼いだお金
Read more

第143話

咲夜は肩をすくめた。「いつ準備したかなんて、英樹さんには関係ないでしょう?それとも――まさか今さら約束を反故にするつもりですか?」彼女は英樹の問いには答えず、再び話を契約へと戻した。もう昔のような世間知らずの少女ではない。相手のペースに乗せられるつもりもなかった。英樹は唇を固く結び、咲夜の無害そうな瞳を冷ややかに見返した。そして鼻で笑う。「その金が本当にキレイな金だと、どうやって証明する?もし受け取った後で問題が発覚し、俺まで巻き込まれたらどうするんだ?」露骨な難癖だった。「花江グループの現状は誰もが知っている。それなのに、君は突然これだけの現金を用意してきた。どう考えても不自然じゃないか?」その言葉を聞いた咲夜は思わず天井を見上げた。本気で白目を剥きたくなる。――やっぱり。この男がそう簡単に折れるはずがない。深く息を吐きながら、口元に笑みを浮かべる。もちろん目は笑っていなかった。「つまり英樹さんは、私にこのお金の出所を証明しろと言いたいんですね?」自分を銀行の審査担当か何かだと思っているのだろうか。金の出所を一円一円確認するつもりか。冗談じゃない。まるで森崎家に入る金は、すべて一点の曇りもない真っ当な金だとでも言いたげだった。咲夜は呆れたように続けた。「そんな理由、さすがに無理がありません?もし本当に問題のある資金なら、こんな大金を正規の手続きで引き出せると思いますか?まさか子供のおままごとじゃあるまいし。それとも私が、札束の代わりに玩具のお札でも詰めて持ってきたとでも?英樹さんはどう思われます?」その言葉はもはや遠慮の欠片もなかった。あからさまな嫌味である。もともと険しかった英樹の顔色は、咲夜の皮肉を聞いた途端、見る見るうちに青黒く変わった。その表情は実に見ものだった。「とにかく、出所のはっきりしない金は受け取れない」その口ぶりからも分かる。英樹は最初から難癖をつけるつもりだったのだ。咲夜もそれは予想していた。たとえ本当に金を目の前に積み上げたとしても、英樹がそう簡単に株式を手放すはずがない。だからこそ、英樹のあからさまな言い逃れを聞いても、彼女は少しも腹を立てなかった。むしろ落ち着き払った様子で口を開く。「そこまで心配なら、警察に通報して調べ
Read more

第144話

咲夜は逆に問い返した。その様子を見て、静香は呆気に取られたように目を見開いた。――この子、怒りで頭でもおかしくなったの?こんな状況で、逆にこっちへ「どうすればいいのか」なんて聞いてくるなんて。何を考えているのよ。英樹は咲夜の様子を窺った。だが、その顔からは焦りも動揺もまったく見て取れない。先ほど彼女に一杯食わされたことを思い出し、英樹は思わず息を呑んだ。――いや、おかしい。咲夜はあまりにも落ち着きすぎている。大金を用意できると断言していた時と同じだ。あの時も彼女は確信に満ちていた。そして実際に、その通りにしてみせた。ならば今回も、まだ何か奥の手を隠しているに違いない。そこまで考えた瞬間、英樹の警戒心は一気に強まった。ここまで来て、さすがの彼も以前のように咲夜を甘く見ることはできなかった。咲夜に向ける彼の視線には、はっきりとした警戒の色が浮かんでいた。その変化を見て取った咲夜は、さらに笑みを深める。「英樹さんが約束を守る気がないなら、仕方ありません。私も誰かに間に入って、公平に判断してもらうしかなさそうですね」彼女の言葉に、英樹は眉をひそめた。誰を呼ぶつもりだ?そう問いただそうとした、その瞬間――英樹の身体がぴたりと固まる。顔から血の気が引いていった。咲夜はにこやかな笑みを浮かべたまま、二人の後ろに視線を向ける。「風一おじいさん」英樹と静香の席は玄関側に背を向けていた。そのため、いつの間にか屋敷に入ってきていた人物に気づいていなかったのだ。真奈美ですら気づいていなかった。だが咲夜の呼びかけを聞いた瞬間、全員が一斉に入口に振り向く。そこに立っていたのは――森崎家の当主、森崎風一(もりさき ふういち)だった。着流し姿の老人は杖をついているものの、その足取りは驚くほどしっかりしている。「父さん……」英樹の顔はみるみる青ざめた。視線はわずかに泳ぎ、怒りを露わにしながらこちらへ歩いてくる父親をまともに見ることすらできなかった。一方、静香も風一の姿を見た瞬間、立っているのがやっとという状態になる。――どうして?風一は療養のため、ずっと郊外の別荘で静養していたはずだ。いったいいつ戻ってきたのか。付き添いの連中は何をしていたのだ。本人
Read more

第145話

英樹がどれほど情報を握り潰そうとしても、完全に隠し通すことはできなかった。咲夜が晴南を告発したあのスライドは、匿名で風一のもとに届けられていたのだ。それを最後まで読み終えた時、風一は怒りのあまり倒れかけた。血圧は急上昇し、周囲は大騒ぎになったという。どうにか感情を落ち着かせ、各種検査で異常がないことを確認すると、風一は休む間もなく景浦市に向かった。道中、彼は自ら咲夜に電話をかけている。そして専用車が景浦市に到着すると、待機していた者に案内され、そのまま花江家に直行した。だからこそ、先ほど英樹が口にした言葉は、一字一句漏らさず耳に入っていた。思い出すだけで怒りが込み上げる。風一は杖を振り上げると、英樹の肩に容赦なく叩きつけた。「っ……!」英樹は顔を歪めた。だが反抗することはできない。「いい度胸だな、英樹!わしの言いつけを守るどころか、裏で花江家を散々利用していたとは!」風一の怒声がリビングに響き渡る。「大したものだな、本当に。このわしにまで真実を隠し、好き勝手やっていたとは。お前には心底呆れたぞ!」そう怒鳴りながらも、風一の手は止まらない。振り下ろされる杖は容赦なく英樹の身体を打ち据えた。もし今この場に晴南もいたなら、もっと酷い目に遭っていただろう。英樹は歯を食いしばりながら、黙って父親の怒りを受け続ける。風一の杖は特注品だった。見た目以上に重量があり、その一撃一撃は想像以上の痛みを伴った。まともに受ければ、痛みは尋常ではなかった。だが最後の一振りは狙いが逸れ、その反動で風一はバランスを崩し、そのままソファへ崩れ落ちるように腰を下ろした。「風一おじいさん!」咲夜は慌てて風一を支え、その背中をさすりながら小声でなだめた。実際のところ、風一を景浦市へ呼び戻したのは咲夜だった。英樹を抑えられる人間がいるとすれば、それは森崎家の当主である風一しかいない。そのことを彼女はよく分かっていた。もっとも、絶対の自信があったわけではない。風一が昔と変わらず自分を可愛がってくれているのか、咲夜にも分からなかった。今回は森崎家自身の利益が絡む話だ。もし風一が息子たちの側に立つと言うのなら、咲夜にはどうすることもできない。だからこそ、これは一種の賭けでもあった。そして幸
Read more

第146話

風一は怒りに満ちた目で英樹を睨みつけた。「株式を花江家に無条件で返せ」顔色は青黒く染まり、今にも息子を叩き潰しそうな勢いだった。だが英樹は苦い表情を浮かべる。無条件で返還するなど、どうして受け入れられるだろう。三年間かけて積み上げてきた計画は何だったのか。その時、咲夜が静かに口を開いた。「風一おじいさん、きちんと筋を通して進めたいんです。私は当時、森崎家が助けてくださったことに感謝しています。だからこそ、この株式は私がお金を払って譲っていただきます。利益の話も含めて、きちんと清算したいんです」それは彼女なりのけじめだった。風一は驚いたように咲夜を見る。そしてすぐに理解した。この子は森崎家との最後の情を、自らの手で整理しようとしているのだと。咲夜は、かつて森崎家が花江家に手を差し伸べてくれたことには感謝していた。だからこそ、この数年間に森崎家がしてきたことについても、あえて追及しないつもりでいる。だが、それもそこまでだった。この金は、本来なら花江家が支払うべきものだ。そうしてきちんと清算しておかなければ、将来また両家の間で何か揉め事が起きた時、「森崎家に借りがある」「恩を仇で返した」と、必ず誰かに言われることになる。咲夜はその覚悟をすでに決めていた。そして風一も、彼女の揺るがぬ意思をしっかりと見て取っていた。かつて彼は心のどこかで願っていた。咲夜と晴南が仲直りし、ヨリを戻してくれないかと。だが今、ようやく理解する。もう戻れないのだ。完全に終わったのだと。風一は視線を英樹に向けた。そして怒鳴りつける。「何をぼさっとしている!咲夜がそう言うなら、その通りにしろ!」結局、英樹は風一の強い圧に逆らうことができなかった。悔しさと怒りを押し殺しながら、譲渡契約書に自分の名前を書き記す。咲夜はそんな風一を見つめ、感謝を込めて頭を下げた。「ありがとうございます、風一おじいさん」彼女が望んでいたのは、自分たちのものを取り戻すことだけだった。そして咲夜自身もよく分かっている。今日、風一が間に入ってくれなければ、この株式をこれほどスムーズに譲ってもらうことはできなかっただろう。だが風一は、そんな他人行儀な態度をあまり快く思っていなかった。彼は心の底から咲夜
Read more

第147話

母の苦しみが分からないわけではなかった。正直に言えば、最初の頃、咲夜は真奈美の執着を恨んでいた。どうして母は、晴南を繋ぎ止めなければ花江家は終わると信じ込んでいるのか。何度考えても理解できなかった。だが後になって、誰かが長年にわたって真奈美に執拗に吹き込み続けていたことを知った。あの頃の真奈美は、夫を失い、会社の危機に直面し、精神的に追い詰められていた。そんな状態で心理的な隙を突かれれば、考え方を誘導されるのも無理はない。そう思えるようになっていた。真奈美は娘の言葉を聞きながら、静かに頷く。しばらく母に付き添った後、咲夜は千雪を連れて実家を後にする。「そういえば小林さん、どうして風一おじいさんを直接花江家に連れて来たの?」咲夜は不思議そうに隣の千雪に尋ねた。本来の予定では、風一が森崎家に戻った後に改めて自分から会いに行くつもりだったのだ。まさか千雪が気を利かせて、そのまま花江家に連れて来てくれるとは思ってもいなかった。ところが、千雪はきょとんと目を瞬かせる。「えっ?森崎さんをお呼びしたのは、花江さんじゃなかったんですか?」風一を連れて来たのは千雪ではなかった。今度は咲夜の方が呆然とする番だった。――違うの?千雪じゃなかった?じゃあ、一体誰が?その瞬間、一つの疑問が頭をよぎる。そもそも自分たちが掴んだ情報は、風一のおおよその居場所だけだった。その後まもなく風一は事情を知り、急いで景浦市に戻ってきた。だとすると、あのスライドは本当に風一の手元まで届けられたのだろうか。咲夜はすぐに千雪に向き直った。「そっちで手配した人は、本当に風一おじいさんに会えたの?」千雪は首を横に振る。「いえ、接触の段取りを進める前に、森崎さんの方が先に激怒して倒れたって聞きました」そこまで言ったところで、千雪は目を大きく見開いた。「……ちょっと待ってください。それってつまり、誰かが私たちより先に動いて、森崎さんに全部知らせたってことですか?えっ、誰なんですか、その人!?」信じられないといった口調だった。咲夜は答えなかった。ただ静かに考え込む。心当たりを探ってみても、すぐには誰の顔も浮かばない。咲夜が答えを見つけられずにいるのを見て、千雪は話題を切り替えた。「これから会社はどうするんで
Read more

第148話

千雪とともに会社へ戻ると、咲夜は人を手配して、雅紀の執務室を改めて整えさせた。だが、それからわずか三十分後。咲夜のもとには、取引先から契約解除を知らせる連絡が次々と届き始めた。中には契約書を持参して直接会社に乗り込み、違約金の支払いを求めてくる企業まであった。契約書にははっきりと記載されていた。契約期間中は必ず森崎グループを介すること。森崎グループが契約から離脱した場合、花江グループ側の契約違反とみなし、所定の違約金を支払うこと。見なくても分かる。間違いなく森崎家が裏で仕組んだことだった。咲夜はすぐに瞳に電話をかけ、会社へ来てもらうことにした。だが、瞳の後ろに続く千暁の姿を見て、思わず眉を上げる。荻野家の御曹司ともあろう人が、この時間に仕事もせず、妹についてぶらぶらしているなんて?瞳は咲夜の腕を引き、小声で説明した。「実は車が故障しちゃってね。それで兄に助けを求めたの。ちょうどその時に咲夜から電話が来たから、そのまま送ってきてもらったのよ」咲夜が兄を歓迎していないのだと思ったのか、瞳はわざとらしく咳払いをすると、千暁に向き直った。「お兄ちゃん、送ってくれてありがとう。もう帰っていいわよ?」気の合わない二人を同じ空間に置いておいたら、被害を受けるのは間違いなく自分なのだから。しかし千暁は両手をポケットに突っ込んだまま、横目で咲夜を見やった。「これが花江さんの客人へのもてなし方か?せっかく来たのに、水一杯も出してもらえないなんて」その声には、わずかな不満が滲んでいた。その憎たらしい言い方に、瞳は思わず拳を握り締める。ここまで露骨に帰れと言ったのに、兄はどれだけ図々しいだろう。千暁の視線を受けた咲夜は、グラスに水を注いで差し出した。「千暁さんだったら、何杯でもどうぞ。ここはいつでも歓迎するから」そう言って、柔らかな笑みを向ける。千暁は当然のように受け取ると、遠慮なく咲夜の向かいに腰を下ろした。「それはどうも。花江さんに感謝しないといけないね」そのやり取りを横で見ていた瞳は、どうにも違和感を覚えていた。目を細め、二人を交互に眺める。何かあるのではないかと探ってみるものの――いくら見ても、結局何も分からない。やがて考えるのを諦めた。「契約書、見せて」結局、意識を本題に切
Read more

第149話

「その金を受け取った人間に責任を取らせればいいのよ。最悪でも、署名して印鑑を押した本人に責任を負わせれば済む話。咲夜には何の関係もないわ。だって、署名したのも押印したのも咲夜じゃないんだから」もともと瞳は契約条項を見た時、多少は不安を感じていた。だが最後に署名と押印欄を確認した瞬間、思わず笑ってしまった。これらの契約はすべてここ三か月以内に締結されたものだ。そして興一が自分の印鑑だけを勝手に使っていたとは、とても思えない。瞳は以前の契約書も確認していた。同じような条項が入っている契約でも、以前のものには興一の署名に加え、会社の正式な社印が押されている。もっとも、それらの契約はすでにほとんど履行が終わっており、今さら問題になったところで影響は大きくなかった。瞳の話を聞き終えた咲夜は、思わず隣の千雪に視線を向けた。興一が押印する際、気づかれないよう会社の印章をすり替えられる人間など、千雪しかいない。千雪は咲夜に向かって、意味深な微笑みを返した。社印を入れ替えたのは、確かに自分だった。当時は興一に気づかれるのではないかと少し心配していた。だがあの男はあまりにも自信過剰だった。印を押した後、確認すらしなかったのだ。それで失敗したとしても、自業自得というものだろう。咲夜は答えた。「お金は本当に会社の口座には残っていない。手付金として一度入金されたあと、すぐに全額引き出されてた」その金がどこへ流れたのか。瞳には聞くまでもなかった。間違いなく森崎家の懐に入っている。その事実に、森崎家への印象はさらに悪化した。親友が以前こんな家の息子に心を奪われていたのかと思うと、思わず悪態の一つでも吐きたくなる。ふと何かを思いついたように、瞳は咲夜に身を乗り出した。「そうだ。今の花江家の状況なら、新しい出資者が必要じゃない?うちの兄なんてどう?」さらに咲夜の耳元に顔を寄せ、小声で囁いた。「本気で言ってるんだけど、うちの兄、かなり優良物件だと思うの。ちょっと考えてみない?ここ数日、例の『片想いの相手』ってやつを何度も探り入れてるんだけど、全然尻尾を出さないのよね。私、あれ絶対ウソだと思うの。家から結婚しろって散々せっつかれてるから、適当に言い訳してるだけじゃない?」どう考えても、身内の幸せは身内
Read more

第150話

瞳の一言によって、咲夜が直面していた危機はひとまず解決した。だが、取引先が次々と契約を打ち切ったことで、会社には大きな空白期間が生まれてしまった。何より問題なのは、花江グループが以前からあるファッションショーへの参加を申し込んでいたことだった。興一が花江グループを掌握して以降、それまで長年取引していた生地業者はすべて切り替えられている。そして今回のファッションショーで使用する生地を供給する予定だったのも、興一が新たに契約した業者たちだった。しかし今、その業者たちは揃って契約を打ち切ってしまっている。ショーの開催までは残り半月。その短期間で新たな供給業者を見つけるのは、決して簡単なことではなかった。現在の花江グループは、まさに上から下まで大混乱の状態だった。咲夜は復帰を決めたその日から、次々と問題に直面し続けている。だが彼女自身、それは森崎家と決別した以上、必ず乗り越えなければならない最初の試練だと理解していた。千雪とともに残業を続け、気がつけば夜十一時。咲夜は疲れ切った体を引きずりながらビルを後にした。だが、まさかそこで晴南と鉢合わせるとは思ってもいなかった。晴南の様子は明らかにおかしい。顔色はひどく青白く、生気がまるで感じられない。咲夜の姿を見つけると、彼はふらつく足取りで近づいてきた。「咲夜……少し話をしよう」その顔色を見た咲夜は、ただ淡々と告げる。「その前に病院に行ったほうがいいんじゃない?」見れば分かる。相当きつい制裁を受けたのだろう。そして晴南をそこまで叩きのめせる人物など、一人しかいない。――風一だ。実際、風一は英樹夫妻を連れ帰った後、晴南も屋敷に呼び戻していた。帰宅した直後、晴南は膝に杖を叩き込まれ、その場で祖父の前に跪かされた。そしてそのまま、厳しい折檻を受けることになった。皮膚が裂け、血が滲むほど打たれても、晴南は一声も上げなかった。ただ歯を食いしばり、黙って耐え続けた。そして風一が目を離した隙に、屋敷を抜け出してきたのだった。咲夜が会社にいると聞きつけた彼は、そのまま車を飛ばしてここに来た。咲夜の車を見つけると、近くで彼女を待ち続けた。その時間は、実に三時間を超えていた。景浦市はすでに冷え込み始めている。夜風はなおさら身
Read more
PREV
1
...
1314151617
...
24
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status