Semua Bab 追放された名家の令嬢ですが、最恐の黒竜様は私なしでは息もできません: Bab 241 - Bab 250

290 Bab

第241話 番ではなく、私の名前を呼んで⑤

◇「あの、黎様」 彼の白いシャツの胸元に顔を埋めたまま、声を張り上げた。「なんだ。やはりどこか不具合があるのか」 黎の大きな掌が、背中をポンポンと一定のリズムで優しく叩くのを止め、こちらの首筋に鼻先を近づけてくる。スゥ、と匂いを吸い込む生々しい音が耳元で鳴った。「そうじゃなくて……。お願いが、あるんです」「願い? 何が欲しい。あのハイブランドの布切れか、それともあのガラスのケースに並んでいた石ころか。言ってみろ、すべてこの部屋に積ませてやる」「どれもいりません。……私の、名前を呼んでください」 黎の身体が、ピクリと大きく跳ねたのがわかった。 背中に回されていた腕の力がわずかに緩み、黎の黄金色の瞳が、怪訝そうにこちらを覗き込んできた。「名前だと? お前の名前など、有栖川の息女、それ以外の何物でもないだろう。それに、白亜の言う通り、お前は俺の魂と共鳴した、唯一の番……」「番(つがい)でもなくて、命綱でもなくて、都合のいいフィルターでもなくて。……私の、有栖川瀬理亜という名前を、呼んでほしいんです」 黎の胸元を掴んでいた両手に、ぎゅっと力を込めた。「お父様は、私を家の繁栄のための雑用係として扱いました。理恩様は、自分の生活を快適にするための、便利な家具として連れ戻そうとしました。……みんな、私の中にある心なんてどうでもよくて、ただの『役割』としてしか、私を呼んでくれませんでした」 一言一言を噛み砕くように、はっきりとした口調で伝える。「黎様が、私のことを『命綱』とか『番』って呼ぶたびに、私、少しだけ怖かったんです。……もし、私が浄化できなくなったら、私はまた、名前のないただのゴミに戻っちゃうんじゃないかって。……だから、役割の役職名じゃなくて、私自身の名前を、あなたのその大好きな声で、呼んでほしいんです」 静寂が、リビングに落ちた。 キッチンの回転椅子に座っていた白亜も
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第242話 番ではなく、私の名前を呼んで⑥

 初めて口にするその音節が、彼自身の舌の上でうまく馴染まないのか、どこか気まずそうに、けれど世界で一番大切に温められた真鍮の塊のように、静かにリビングに響き渡った。「あ……」 胸の奥が、カッと熱くなった。「これで満足か。……有栖川の、瀬理亜」 黎はフイッと露骨に視線を外すと、スラックスのポケットに片手を突っ込み、大きな体躯の肩を強張らせた。漆黒の前髪の隙間から覗く耳の先だけが、朝の光の中で赤みを帯びている。「……すごく、嬉しいです」 私は小さく口角を緩め、彼の大きな掌を両手で下から包み込むように握りしめた。「もう一度、呼んでくれますか。お砂糖をいっぱいいれたコーヒーを淹れますから」「……調子に乗るな。俺の喉は、そんなに安売りしているわけではない」 ぶっきらぼうに言い捨てながらも、繋いだ指を握り返してくる力加減は、先ほどよりもずっと、柔らかくて温かかった。 完璧に管理された無菌室の空気。 その真ん中で、私たちは初めて、役割という見えない鎖を完全に断ち切り、対等な人間としての、一歩を踏み出すことができたのだ。 白亜が回転椅子をクルリと回し、空になったプリンの瓶を爪先でカチンと叩いた。「あーあ。ノワールが完全に人間に絆されてる。竜のプライドなんて、あのイチゴのタルトの上の生クリームよりも簡単に溶けちゃうんだね」 口を尖らせる彼女の横顔を見つめ、私は今度こそ、心からの笑みを浮かべた。◇ 夕闇が、六本木の街並みをゆっくりと紫色のグラデーションで染め上げていく頃。 リビングの間接照明がオレンジ色の淡い光を放ち、大理石の床の上に、二つの長い影を直線的に落としていた。 黎はソファの端に腰掛け、長机の上に広げられたウロボロスの研究資料に目を落としていた。彼の長い指先が、古い手記の頁を丁寧にめくるたびに、紙の擦れる乾いた音が静かな室内に吸い込まれて消える。 私は、その少し離れた場所、新しく届いた黒いグランドピアノの前に座っていた。
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第243話 番ではなく、私の名前を呼んで⑦

 クリアで、まろやかな豊かな音が、今度は白く濁ることなく、リビングの空気の中に滑らかに溶け込んでいく。 黎が、資料から目を離し、黄金の瞳を真っ直ぐにこちらへと向けた。その瞳の奥にあるのは、所有欲の殺気ではない。ただ、私の鳴らす音の温度を、全身で受け止めようとする静かな熱だった。 その時。 ピピッ、という、エントランスのインターホンとは違う、玄関ドアの横にある「居住者専用ポスト」の電子音が、静まり返ったホールに小さく鳴り響いた。 黎の眉根がピクリと反応し、組まれていた逞しい腕の筋肉が僅かに緊張を帯びる。「……執事の手配か。いや、あいつは今夜、別のエリアの処理に向かわせているはずだが」 黎はソファからゆっくりと立ち上がると、大股で玄関ホールの方へと向かった。大理石を叩く靴音が、廊下の奥へと遠ざかっていく。 私は鍵盤から手を離し、開いたままのドアの隙間から玄関の様子を窺った。 黎が重厚な金属扉を開け、備え付けられた大理石のポストの受け口から、一つの小さな物体を取り出す。 戻ってきた彼の手に握られていたのは、上質なシルクのような光沢を放つ、真っ黒な長方形の封筒だった。 その表面には、真鍮の細い金糸で、あのウロボロスの蛇の紋章が、自らの尾を噛む不吉な輪郭を描いて刻印されている。「……ノワール。それ、すごく嫌な匂いがする」 ゲストルームの扉から首を突っ込んだ白亜が、鼻をひくつかせながらアイスブルーの瞳を鋭く細めた。 黎は無言のままリビングの中央へと戻ると、長机の上でその黒い封筒の封を、長い指先で一気に引き破った。 中から滑り出てきたのは、厚手の黒いカード。 そして、そのカードの隙間から床の大理石の上へと、カランと軽い音を立てて転がり落ちた、小さな銀色の物体。 それは、有栖川の地下牢の奥底で、私たちが確かにあの桐箱の中から見つけ出し、黎がジャケットの内ポケットに仕舞い込んだはずの、あの祖母の形見のロケットと――全く同じ細工が施された、もう一つの銀のロケットの写真だった。 カードの表面には、理恩の完璧主義なサインと、ヴィ
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第244話 黒い招待状と、祖母のロケット①

 カラン、と軽い音を立てて床を滑った写真が、磨き上げられた大理石の表面で、リビングのオレンジ色の光を鈍く反射して静止した。 ソファから身を乗り出し、大理石の上に両膝を突き崩すようにして、その一枚の紙片を指先でそっと摘み上げた。印画紙の硬いざらつきが、熱の下がりきった指の腹に妙に冷たく伝わってくる。 写っていたのは、有栖川のあの薄暗い地下牢の底、引き千切られた桐箱の中から取り戻したはずの、あのすずらんの細工が施された銀のロケット……と、寸分違わぬ形状をした、もう一つの金属の塊だった。 ただ、細部が僅かに異なっている。すずらんの茎の湾曲が逆であり、銀の表面に刻まれた細かな傷の位置も、今ポケットの奥に収まっている本物とは明らかに違う。黒ずんだ溝の陰影までが、異様なほど克明に捉えられていた。「……なんで、これが」 喉から、乾いた、カスカスな声が漏れ出る。 隣では、漆黒のシャツの胸元を開けた巨体が、長机の上に残された黒い長方形の封筒を掴んだまま、微動だにせず立ち尽くしていた。黎の分厚い胸が、短く、激しい呼吸に合わせて大きく上下し、そこから発せられる強い熱波が、周囲の空気をじわじわと伝わってくる。 黎の黄金の瞳孔は、針のように極限まで細められ、長机の表面を射抜いていた。彼の手の中で、厚手の黒いカードが、指の力加減に耐えかねてみっともなく中央から歪み、ピキピキと不吉なきしみ音を立てている。「ノワール、それ、やっぱりあの白スーツの男の匂いがこびりついてる」 キッチンの回転椅子から、鈴を転がすようなクリアな声が響いた。 白亜は五つ目のメロン味のプリンの瓶を片手に持ったまま、銀のスプーンの先端をアイスブルーの瞳の前に掲げてみせた。彼女の薄い唇の端には、まだ白い生クリームが小さく付着している。「あの研究所の地下にあった、生き物の体温を全部否定するような、冷たい薬の匂い。……それと、もう一つ、人間のねっとりとした強欲の匂いも混ざってるね。焦げ茶色の革のシートにいつも乗ってる、あの出来の悪い寄生具の持ち主の匂いだ」 出来の悪い寄生具の持ち主。 その言
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第245話 黒い招待状と、祖母のロケット②

『来週金曜日、午後八時。東京湾より出航する豪華客船「レヴィアサン」にて、特別夜会を催す。有栖川の正当な血筋の帰還を、心より歓迎する』 無機質な金文字が、間接照明の光を浴びて、冷たい光を放っていた。「……お前は、行かなくていい」 地鳴りのように低い声。 黎の喉から這い出てきたその音色には、先ほどまでの穏やかな温もりは一ミクロンも残っていなかった。彼の首筋から頬にかけて、黒く、金属のような鈍い光沢を放つ硬質な鱗が、皮膚の下から押し上げられるようにして微かに浮き上がり、再び沈んでいく。「あのゴミ共が、どんな小細工を労そうが知ったことではない。今夜中に、あの湾岸のビルごと、東京湾の底へ沈めてやれば済む話だ。……お前が、あいつらの前に立つ必要などどこにもない」 黎がゆっくりと一歩、前に踏み出した。 その硬い革靴の底が大理石を叩く音が、静まり返ったリビングに重く響く。 いつもなら、この圧倒的な威圧感と強引な命令の前に、私はただ身を縮め、彼の言う通りにするしかなかっただろう。誰かの決めた安全な檻の中で、息を潜めているのが一番正しいのだと思い込んでいたから。 けれど、私はゆっくりと大理石の床から立ち上がり、自分の足でしっかりと床を踏み締めた。「……一人で行くつもりはありません、黎様」 静かな、けれど芯のある声。 黎の動きが、ピタリと、完全に停止した。黄金の瞳が僅かに見開かれ、レンズの反射を遮断したように真っ直ぐにこちらを見つめてくる。「え?」 キッチンの奥で、白亜がプリンを飲み込む手を止め、不思議そうに首を傾げた。「お姉さん、今なんて言ったの? ノワールに相談する気? いつもなら、一人で勝手に責任背負って、ボロボロのコート羽織って出て行っちゃうのに」 白亜のその少し意地悪なツッコミに、内心でひっそりと溜息をついた。 (……確かに、少し前までの私なら、そうしていたかもしれません) 役に立たなくなったら捨てられるという恐怖から逃げるために、一人で決着をつけよ
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第246話 黒い招待状と、祖母のロケット③

◇「へえ。相談ねえ。人間にしては、随分と上出来な成長じゃない」 白亜はプリンの瓶をカウンターにコトンと置くと、組んでいた長い脚を解いて、リビングの方へと歩み寄ってきた。ヒールもない素足で床を叩くパタパタという音が、重苦しい空気を適度にほぐしていく。「でもさ、黒スーツの男……ヴィクトルだっけ。あいつが持ってるっていうその『もう一つのロケット』、ただの偽物じゃないよ。ほら、写真のここ、よく見てみなよ」 白亜の細い指先が、私の手の中にある写真を上から覗き込んできた。「すずらんの茎の根元のところに、小さな逆三角形のマークが彫り込まれてるでしょ。これ、竜の森の古い社にあった、あの北の術式の印だよ。お祖母さんが昔、ノワールを奈落に縛り付けるための元栓(鍵)として作ったやつ」 術式の印。 その言葉に、ポケットの奥に収められている本物のロケットを、上から指の腹で強く押し当ててみた。衣服越しでも伝わってくる、鈍い真鍮の冷たさ。「お祖母様は、ロケットを二つ作っていたということですか?」「ううん。一つは本物、もう一つは、その本物が壊されたり奪われたりした時のための、バックアップ用の『器』。有栖川の家が使っていたあの寄生具のブローチが、お姉さんの生命力を吸い上げるためのパイプなら、このロケットはそのパイプの終着点にあるタンクみたいなもの」 白亜はローテーブルの上の黒いカードを爪先で軽く弾き、アイスブルーの瞳を真っ直ぐに黎へと向けた。「ヴィクトルはね、お姉さんの本物のロケットがノワールによって焼き切られるのを、最初から計算に入れてたんだよ。本物が機能しなくなれば、ネットワークはこの写真にある『もう一つの器』へと、自動的に接続を切り替えるように設定されてるの。……今頃、あの船の底で、その新しいタンクがドクドクと人間の強欲を吸い上げる準備を始めてるはずだよ」 ヴィクトルの、あの影を消し去られた白い実験室の光景が、脳裏に鮮明に蘇る。 完璧な微笑みを顔に貼り付け、すべての命を数字とパズルのピースのように並べ替えていた男。『あなたの力は、その失われた歯車を再び動かすための
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第247話 黒い招待状と、祖母のロケット④

「他者の遺産を漁り、そのシステムを奪い取って神の真似事か。反吐が出る。瀬理亜、やはり俺があの船ごと、海に浮かぶすべての鉄屑を塵にして――」「だから、それは強盗ですって言っているじゃないですか」 私はローテーブルを回り込み、黎のすぐ隣のスペースへと腰を下ろした。 すぐ横に座っただけで、彼から発せられる強い熱気が、じわりと肌を打つのがわかる。「お父様や理恩様がそこにいるんです。有栖川の社会的証拠も、お母様を搾取してきた呪具の真相も、あの船の上にすべて集まる。……だったら、そこが私たちの、本当の決別の舞台になります」 黎の黄金の瞳が、至近距離でこちらを射抜いた。 針のように細くなっていた瞳孔が、見つめ合ううちに、ゆっくりと、ほんのゆっくり丸みを帯びていく。「……お前は、怖くないのか」 ひどく低く、掠れた声。「あの完璧主義の男に腕を掴まれ、再びあの薄汚い屋敷の記憶に引きずり戻されるのが。……俺のいない場所で、あの白スーツの機械に囲まれるのが、恐ろしくはないのか」 黎の大きな掌がゆっくりと伸びてきて、こちらの右手首をガシッと掴んだ。 肌を刺す熱。けれど、そこにはもう、出会った夜のあの骨を砕かんばかりの暴力的な力加減はどこにもなかった。ただ、目の前にある宝物が、自分の知らないところで壊れてしまうのを恐れる、ひどく臆病な震えだけが伝わってくる。「怖いですよ。今でも、理恩様のつけていたあの麻里亜の香水の匂いを思い出すだけで、胃の奥が冷たくなります」 繋がれた彼の手の上に、自分の左手をそっと重ねた。「でも、今の私には、黎様がいます。……一人で行くんじゃなくて、あなたの隣で、ちゃんと前を向いて歩きたいんです。私はもう、誰の酸素マスクでもない、一人の人間として、あの過去の鎖を完全に断ち切りたい。……だから、一緒に行ってくれますか?」 恋愛の、核心の再定義。 ただの命綱としての所有ではない。生存本能という便利な言葉で縛り付ける鳥籠ではなく、同行者として、対等
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第248話 黒い招待状と、祖母のロケット⑤

 乱暴で、独善的で、けれどどうしようもなく愛おしい、最強の黒竜の約束。 胸の内側でバクバクと暴れていた高鳴りが、確かな安心感となって全身の血管を駆け巡っていくのを、皮膚の表面で噛み締めていた。◇「はいはーい、そこまで! 二人の世界に入るのは勝手だけど、忘れてもらっちゃ困るなあ。私もその船、ついていくからね!」 白亜がリビングの中央まで足早に歩み寄り、ローテーブルの上の黒いカードをひったくるようにして自分のポケットへと突っ込んだ。「白亜、お前は留守番だと言っているだろう。これ以上プリンの在庫を減らされてはたまらん」 黎が不機嫌そうに声を荒らげる。「留守番なんて絶対嫌だもんね! 豪華客船でしょ? 美味しい人間のご飯とか、見たことない上質なスイーツが山ほど並ぶ夜会なんでしょ? そんな楽しそうな場所、私が行かない理由がないじゃん!」 白亜はアイスブルーの瞳をキラキラと輝かせ、長い銀髪をバサリと揺らした。「それに、あの白スーツの減圧シールド、私の鱗の力があれば一瞬でひっくり返せるし。お姉さんの力の循環を手伝うためにも、白竜の加護が必要でしょ。ノワール一人じゃ、また力任せに船ごと沈めちゃうのがオチなんだから」「……チッ。トカゲの分際で、いちいち神経に障る正論を吐きおって」 黎は本気で忌々しそうに舌打ちをしたが、それ以上白亜を追い出そうとはしなかった。 二人の、長年の付き合いを感じさせるテンポの良いやり取り。それを見つめながら、私は思わず口元を緩め、ソファの背もたれに身体を預けた。「じゃあ、決まりだね! まずは、その夜会とやらにふさわしい、一番キラキラした最高級のドレスを選ぶところから始めようか! お姉さん、あっちのクローゼットにある山盛りの箱、全部開けてファッションショーしよ!」 白亜は私の腕を引っ張り、リビングの奥にあるクローゼットへと強引に歩かせようとする。「おい、ブラン。瀬理亜の身体に気安く触るなと言っているだろう」 黎がソファから立ち上がり、巨大な影となって背後から追いかけてくる足音。 天井の壊れたパネルの隙間から、冬の冷たい風
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第249話 嘘をつかない口付け①

 クローゼットの重厚なマホガニー調の扉が左右に広く開け放たれ、天井の面発光パネルから降り注ぐ強烈な白光が、床にうずたかく積まれた無数の白い箱を眩しく照らし出していた。 白亜は真っ白なコートをクローゼットのハンガーへと乱暴に引っ掛けると、細い両腕で一番大きな箱の蓋をガサゴソと無遠慮に引き剥がした。中から現れたのは、幾重にも重ねられた薄い高級紙に包まれた、鮮やかなカナリアイエローのドレスだった。「見て見て、お姉さん! これ、人間の街のショーウィンドウで見かけて、すっごく目立ってたやつ! 背中が腰のあたりまで全部開いてて、裾には本物の鳥の羽がいっぱいついてるの。絶対ノワールの目がチカチカするよ!」 白亜は楽しげにドレスの肩紐を両手で掴み、姿見の鏡の前でクルリと回ってみせた。 リビングの中央、漆黒の本革ソファに深く腰を沈めていた黎は、手にした白いマグカップをローテーブルの上にドン、と少し乱暴に置いた。白茶色の液面がチャプンと大きく揺れ、溶けきらない砂糖の甘ったるい匂いが、湯気と共にリビングの空間へと立ち上る。「ブラン。その悪趣味な黄色い布を今すぐ箱に戻せ。布の面積が少なすぎる。そんなものでお前の貧弱な色彩感覚を誇示するな」 地鳴りのように低い声。黎の黄金色の瞳が、不機嫌そうに細められる。「はあ!? これのどこが悪趣味なわけ? 人間の最先端のデザインだよ? ノワールが保守的すぎるだけでしょ」「露出が多いと言っている。瀬理亜の皮膚の表面に、下界のくだらん男どもの視線がミリ単位でも触れることなど断じて許容せん。却下だ」 黄金の瞳孔が、針のように鋭く収縮する。 その過保護の方向性の極端さに、胸の中でそっと小さなツッコミを入れた。 (……有栖川の屋敷にいた頃は、麻里亜の型遅れのドレスしか着せてもらえなかったのに、ここでは布が多すぎるか少なすぎるかで、神話の竜が本気で言い争いをしているなんて) 白亜は口を尖らせると、黄色いドレスを絨毯の上へと無造作に放り投げ、次の箱へと手を伸ばした。バリバリと紙が破れる音が狭いクローゼットに反響する。「じゃあこれは? 真っ赤なシルクのタイトドレス。スリットが太ももの
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第250話 嘘をつかない口付け②

「あーもう、ノワールがうるさすぎて全然決まらない! 私、もう糖分が切れたからキッチンで次のプリン探してくる!」 白亜はついにフォークを投げ出すようにして両手を上げ、パタパタと素足で大理石の床を叩きながら、廊下の奥のキッチンへと去っていった。冷蔵庫の扉が開くバタンという重い音が響き、空間にようやく静けさが戻る。◇ リビングには、散らばった白い箱の影と、淡いオレンジ色の間接照明だけが残された。 パノラマウィンドウの向こう側では、夕闇が完全に東京の街を呑み込み、高層ビル群のネオンの光が、まるで宝石の粉をぶち撒けたようにチカチカと鋭い光を放ち始めている。 ソファの端に座り、膝の上で組んだ両手の指先をじっと見つめた。 黎はゆっくりと立ち上がり、大理石の床を踏みしめてこちらへと歩み寄ってきた。硬い革靴の底が、静かな部屋にズシン、ズシンと重く、規則正しいリズムを刻む。 近づいてくる巨大な影が、窓からの夜景の光を完全に遮った。 黎はすぐ隣のスペースへと腰を下ろした。ソファの本革が、彼の規格外の質量を受けてギュッと重い音を立てて軋む。 彼から放たれる、人間離れした高い体温。それが、薄いブラウスの生地を簡単に透過して、右半身の皮膚をじわじわと伝わってくる。 ローテーブルの上には、あの黒い長方形の封筒と、理恩のサインが入った招待状のカード、そして床に転がったロケットの写真が、そのまま並べられていた。「……瀬理亜」 黎の声は、低く、かすれきっていた。「やはり、あの鉄屑へ行くのはやめろ。お前がそこにある写真を見て、指先を強張らせているのがわかる。……呼吸の仕方が、また僅かに浅くなっているぞ」 黎の長い指先がゆっくりと伸びてきて、膝の上で握りしめられていた右手を、そっと下から包み込んできた。 骨ばった大きな掌の、少しざらついた人間の皮膚の質感。爪の先まで慎重に加減されたその力には、二度と壊れ物を自分の衝動で傷つけまいという、切実な労わりが宿っている。「浅くなっていません。ただ、考えていたんです」 彼の手のひらの中で、自分の指
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